名古屋高等裁判所 昭和24年(控)1138号 判決 1949年12月05日
被告人
安部嵩
主文
原判決を破棄する。
本件を岐阜地方裁判所多治見支部に差し戻す。
理由
辨護人大池龍夫の控訴趣意は、末尾添附の同辨護人名義の控訴趣意書と題する書面記載の通りであるが、之に対し当裁判所は次のように判断する
右控訴の趣意第一点に付いて。
所論檢事の冐頭陳述に関し、刑事訴訟法第二百九十六條は「証拠調のはじめに檢察官は証拠により証明すべき事実を明かにしなければならない」旨規定して居るのであつて同法が此の檢察官の冐頭陳述を規定して居る趣旨は、檢察官をして証拠調の請求に先立ち、起訴状に記載されて居る訴因に付いて更に具体的に其の事実関係を明らかならしめ夫れを証拠によつて証明する意図を陣述させることに依り、爾後の訴訟手続を公正且円滑に進展せしめようとする点に存し、従て檢察官の冐頭陳述は之を省略し得ないものと解するを相当とする。之を本件に付いて観ると原審の公判期日手続に於て、檢察官が右の冐頭陳述を爲した事跡は、原審公判調書に徴しても之を認め得ないが故に、此の点に於て原審の控訴手続には法令の違反があると謂わなければならぬ然し本件事案の内容竝原審に於ける訴訟手続の進展の経過に照しても右の違反が判決に影響を及ぼすものとは認め得られないので、右の違反は未だ原判決を破棄するの理由と做し難く結局論旨は理由がない。
同第二点に付いて
本件記録に徴すると、原審裁判官は原審第一回公判期日に於て檢察官の起訴状朗読後、檢察官に対し起訴状記載の公訴事実中其の内容不明瞭な箇所に付釈明したところ、檢察官が之に対し論旨摘録のように答弁して其の確答を次回公判期日に保留したのに拘らず其の後の公判期日に於て檢察官から右保留に係る確答を求めずして審理を終結したこと竝原判決の理由中に論旨摘録のように「本件起訴状の記載は犯罪行爲の日時数量を一々具体的に記載せず甚敷不完全である云々」と説示されて居ることは洵に所論の通りであつて、斯の如く釈明事項を有し、然かも内容不明確で不完全とすら謂わなければならぬような内容の公訴事実が記載されて居るに過ぎない起訴状は、其の釈明事項に対する確答を俟つて初めて其の内容を確定し得るのであるから従令檢察官が公判廷に於て同起訴状を朗読したとしても右釈明事項に対する確答が与えられない限り、同起訴状記載の公訴事実を確定し得ないのであつて、斯の如きは結局起訴状の朗読がなかつたことに帰着するものと断じなければならぬ、然らば原審の訴訟手続に於ては檢察官の起訴状の朗読がなかつたことに帰着し、此の点に於て原審の訴訟手続には法令の違反があり其の違反は判決に影響を及ぼすことが明らかなものと謂うべく論旨も亦之と同一の見解に依賴して、原審の指置を攻撃するものと解せられるが故に、結局論旨は理由がある。
(註) 原判決は、他に証拠調をしない証拠を判決に摘示した違法ありとされている。